プロフィール

羽住 都 (ハスミ ミヤコ)

Author:羽住 都 (ハスミ ミヤコ)
絵を描く仕事をしたりしています('96~)。
(過去に関わった出版物等の一部→お仕事の本棚

最近の記事

カテゴリー

RSS

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

せとちゃんに会いたい

こんにちは!
年末~っ

1週間経って落ち着いてきましたので
ご報告させていただきます。

こちらでよく写真などを載せている私の大切な大切な可愛い家族のせとちゃん(シルバー文鳥)のことですが。
先日の12月21日金曜日に亡くなりました。
せとちゃんは最後の最後までとても頑張りました。
本当にいい子でした。
このブログを通してせとちゃんを可愛がってくださったり見守ってくださった皆様、ありがとうございました。

(C)2012-Miyako Hasumi

約11年と7ヶ月、いつも私の側にいてくれました。
23日に火葬を済ませ、まだまだ辛くて涙が出ます。なかなか思うように行動ができなかったりしますが私にしては早めに落ち着いてきました。せとちゃんが覚悟しながらの時間をくれたおかげです。
そしてたぶんもう苦しくないからだと思います。

身近にいてくれた大切な命が失われた時、もっとこうするべきではなかったかああするべきではなかったかと
ほとんどの人が悲しみの中思うものだと思います。
他人に何かを言われてしまう場合もあるかもしれません。

だけど私は今は、こう思います。
たとえ自分が無力であったとしても、沢山の愛で包むことが出来ていたのなら・・。
最後を看取れなかったとしてもです。
人間も動物も愛です。それが一番だと思っています。

せとちゃんが大好きです。大大大好きです。

あと、マヤ文明の予言とかいうやつ!全然気にしてなかったんですけど、当たった~。
せとちゃんの死を予言してたか。やるなぁ。というか、流石せとちゃんだな!

そして新たな時代が始まるのでした・・!

以下、せとちゃんと私との記録です。
長い文になりますのでご興味のある方だけどうぞです。


(C)2012-Miyako Hasumi

せとちゃんと出会ったのは2001年5月15日。
シルバー文鳥さんかシナモン文鳥さんをお迎えしてみたいなーと思っていたところ、友人が「某ペットショップにいたよ」と教えてくれたのでした。
それからしばらく経ち、近くに母と買い物に行くことになり、一応ペットショップを覗いてみることにしました。
すると友人が言っていた通り小鳥の雛のコーナーにシルバー文鳥がいました。1羽だけ。
その子はすでに羽もちゃんと生えていて、そこそこ育っていました。つまり売れ残っていた最後の1羽でした。
買い物に行ってまた帰りに寄ってみてまだいたら連れて帰ろうということにしました。
そして・・その子は我が家にやってきました。
つるんとしていてホワッとした色合いがせともののように美しかったので「せと」という名前にしました。
最初から噛み癖がすごい子でした。

文鳥という鳥は、年々飼い主になつくのだそうです。そして「飼い主」という認識はなく「つがい」と思うらしいということを本で読みました。
本に書いてあった通り、せとちゃんは飼い主である私によくなついてくれました。
年々私に愛情を注いでくれ、私もせとちゃんのことが年々可愛くてしかたなくなっていきました。
抱っこもナデナデも家族の中で私だけに許されたものでした。

せとちゃんが若い時、小鳥の病院に連れていったところ「わぁー!綺麗―!!」と言っていただき、嬉しかったのですが、7歳くらいになった頃に連れて行きましたら、何も言われませんでした。
そして11歳になったせとちゃんは、どんどん羽が少なくなり後頭部も禿げて首まわりなどもめくってみるとスカスカでした。
若かった頃の美しさはなくなっていました。
でも、昔は良かったのに・・などとは思いませんでした。
せとちゃんはいつでも「今」が一番可愛かったのです。

10歳のせとちゃんは白内障が進みあまり目が見えないようでした。足も弱りほとんど立てなくなり、昼間はハンカチで作ったお布団の上に体を真横にして足を投げ出し、寝ていたりしました。
そして病気でした。

このままほおってはおけないと思い、少しでもせとちゃんの体に良いことは無いものかと調べてみたところ、「とりきち横丁」さんというお店の鳥用プロポリスに出合いました。
それが大当たりでした!
それを飲ませるようになると、数日で棒にとまって寝るようになったのです。
エサは、鳥仲間さんがおいしいと言っていた、「キクスイ」さんのものにしてみました。
痩せて軽くなっていたせとちゃんがちゃんと立ち、よく食べ、ふっくらしていくのがわかりました。
本当に本当に感謝でした。
過去の経験上、正直もう長くはないだろうと思っていましたから。(私が小鳥を飼うのはせとちゃんで11羽目です)
それが今年の3月のことで、無事5月に11歳を迎えたのでした。母には迎えられないだろうと言われいたのに。

秋冬はカゴの背面にダンボールを立て、周りにペットボトルの湯たんぽを置いてその上からカゴごとお布団を掛けていました。
陶器製の湯たんぽは熱が長持ちし、遠赤外線効果もあるというのを知り、陶器製の湯たんぽも買って加えました。
一応、鳥の暖房器具はあったのですが、怯えてしまうのと、コンセントが側に無かった等の理由で、沢山湯たんぽのお湯を温め続けました。

ですがやはり弱ってはきていました。年齢が年齢ですから。
カゴの外に出して遊ぶことは出来なくなりました。
ほとんどカゴの中で寝ていました。
たまにてんかんのような発作を起こし、夜中でも突然目を見開いて何かに脅え、パニックを起こし、口をパクパクさせたりしました。
すぐに抱っこして落ち着くまで撫でてから寝かせました。
発作を起こすたびに、死んでしまうと思ってとても怖かったです。

私はカゴの中から聞こえる小さな物音や鳴き声にも敏感になり、いつもせとちゃんを気にしていました。

せとちゃんは私がカゴに手を入れるとピョンと私の手の中に飛び込み、体をあずけ、すぐに目をつむるのでした。

夜寝かせる前には、必ず抱っこをし、せとちゃんが自分で綺麗に出来なくなった口元を濡らしたティッシュで拭い、沢山撫で、「せとちゃん大好き」「せとちゃんはいいこだね」「痛いの痛いの飛んで行け~!」「せとちゃんをいじめるやつはみーんな飛んでいけー!」「いっぱいごはんを食べてぐっすり眠れますように」「目が覚めたら気持ち良~く過ごせますように」等、呪文のように話しかけました。
せとちゃんは目をつむってじっとしていました。気持ち良さそうでした。
少しだけ水を加えた濃いめのプロポリスを3滴飲ませました。
毎日毎日そうして過ごしました。そしたら奇跡的な何かの力で病気もなくなるかもしれない・・と思っていました。

ですが、11歳の小さな文鳥であるせとちゃんから、すでに見た目にもあらわだった病気がなくなることはありませんでした。

12月13日の夜中、双子座流星群を探し、流れ星にせとちゃんが元気になりますようにとお願いしました。
12月14日金曜日の昼、せとちゃんはモフモフを通り越してモコモコでモサモサの体になっていました。
鳥は膨らんでいると、寒いか体調が悪いことを意味します。

急いでカゴに手を入れるとせとちゃんはさっと私の手の中に飛び込み、体をあずけました。
膝かけにくるんで抱っこするとそのまま眠り続けました。陶器の湯たんぽごしに温めました。
もうこれは完全にダメなんだなと思い始めました。
涙が止まりませんでした。
沢山撫でました。沢山「大好き」と言いました。
せめて母が仕事から帰ってくるまで生きていてね。と思いました。
夜の11時頃突然起き上がったのでカゴの中に入れてみると、エサを食べ始めました。
(病気に養分を持っていかれるので最後まで食欲は落ちないんだそうです)
もちろん良い状態ではなかったのですが、棒にもつかまっていました。
そのまま寝かせてみることにしました。

せとちゃんは次の日も生きていました。
でもモッコモコで、すぐに抱っこです。
その日の夜は小さなお出かけ用のケースに寝床を作って寝かせましたが、寝ごこちはあまり良さそうではありませんでした。

次の日もせとちゃんは生きていてくれましたが、すぐに立ち上がることが出来なくなっていました。
せとちゃんはお尻が痛いので、普通に自分で座って眠ることがあまり出来ませんでした。
毎日膝かけにくるんで湯たんぽごしに抱っこし、せとちゃんの脈を感じながら、常に様子をうかがい、苦しがると撫で、出来るだけ座ったまま動かないようにして、過ごしました。
1~2時間おきに目を開けて体を動かすので、カゴに連れていき、エサを食べさせました。ふらふらで震える体で、ほとんど立つことは出来ませんでしたが、棒につかまったり等カゴの中でないとうんちが出ないようでした。私の手の中では眠ったままでうんちをしなかったのです。
私はその間に湯たんぽのお湯を沸かしたり、掃除や洗い物をしました。
食べ終わるとすぐに入口の方を向き、鳴き声もあげずにモコモコでヨロヨロの身体で私に迎えにきてと訴えるのでした。間に合わなくて入口の前に転げ落ちて丸くなった体でじっとして震えていることもありました。
私はすぐさま抱っこして、「頑張ったね~」と言ってまた湯たんぽ越しに抱っこするのでした。そうするとせとちゃんは安心して眠ってくれたのです。
片手で仕事の作業ををしようとはするものの、なかなか集中は出来ませんでした。

私は夜中に自分がお風呂に入って眠る前まで抱っこし続けました。なるべくケースで一人で寝かせる時間は短くしてあげたかったのです。辛そうなので・・・。お風呂は1日おきに入りました。食欲もなくなりました。

寝床は改良しました。手で包みこむ形をイメージして、タオルで形を作り、その上から、裁断して熱湯で洗った私の膝掛でくるみました。以前よりも寝心地が良くなったようでした。

それからだんだんとエサを食べたがることが減り、うんちの回数が減っていきました。
うんちが出なくなったらおしまいだと思っていたので、いつもそれを気にしていました。

そしてちょうど1週間後の21日金曜日、起きてみるとせとちゃんは全然動いていませんでした。
前の晩は、せとちゃんは目に涙をたくさん溜めていて、濡れたティッシュで軽く押さえても収まることがありませんでした。
そしてケースの中で久しぶりに鳴きました。悲しげに。

ケースのふたを開け、撫でてみると生きていることがわかりました。
具合の悪い鳥さんは、朝起きると亡くなっているということが多く、毎日びくびくしていました。
少しそっとしておいたら、もそっと動いたので出してやり、私の布団の上で湯たんぽごしにあたためながら撫でました。
すると少しして、せとちゃんは聞いたことの無いような声で「きゅーん」と鳴きました。
「きゅーん」と鳴き、懸命にふんばりました。小さなうんちが出ました。
「うんちがでて良かったねー。うんちしていいんだよー」と私は言いました。
すると、また「きゅーん」と何度かふんばりましたが、何も出てきませんでした。
私はずっとせとちゃんの体を撫で続けました。せとちゃんは目に涙を溜めていました。

私はいつもの場所でせとちゃんをあたためました。
せとちゃんの姿勢を正すように胸元に左手をあてて、右手で頭や背中を撫でました。
お水をあげても喉を動かしませんでした。エサも食べませんでした。
そして何度もきゅーんとふんばり、せとちゃんは頑張りました。
見たこともないほど目を見開き、もうダメだと思って体をさすり、顔をくっつけて「せとちゃん大好きだよ大好きだよ」と言い続けました。
せとちゃんはなんとそこからも持ち直し、息をしました。
そして再びきゅーんとふんばり、私も顔を近づけて目をつむり祈るように体をさすりながら「大好きだよ大好きだからね」を言い続けました。

気付いたらせとちゃんは動かなくなっていました。
目には涙を溜め、悲しげに私を見ているようでした。
いくら指であてがっても目を閉じることはありませんでした。

私はせとちゃんの名前を呼んで大泣きしました。
でも、こう言わなければならないと思いました。
「せとちゃん、頑張ったね。もう痛くないからね。もう苦しくないからね」

せとちゃんが死んでしまうことはわかっていました。
見た目にもあまりにも辛い状態だったので。
11歳にもなったせとちゃんがこんなにも頑張るなんて思いませんでした。
気力は十分あるのに、体だけが壊れてしまったかのようでした。
だけどあまりにも頑張るので、もしかしたら奇跡が起こるんじゃないかと期待したりもしました。

ときどき私は言いました。
「せとちゃんはいい子なんだから、こんなに辛い想いしなくていいんだよ・・」
と。

それは、「神様なんでこんなにもいい子のせとちゃんが辛い想いをしなくちゃいけないんですか?」という想いと、少しの「もう頑張らなくていい」
という想いからでした。

せとちゃんは長い間沢山頑張りました。私に覚悟をする時間をくれました。
目に涙を溜めて私を見ていることが何度もありました。
もっと早くに亡くなっていたら、ここ数年間元気の無かった私は立ち直ることが出来なかったかもしれません。
どこまでいい子なのか。

私が辛くて悲しくて仕方なかった時、泣くとすぐに飛んできてくれたせとちゃん。
いつだってずっと側にいてくれたのはせとちゃんでした。
ほとんど外に出ず、家族も夜遅くと朝しか家にいないので、せとちゃんと私はいつも二人きりでした。

特に最後の1週間、猛烈に苦しかったと思うせとちゃんに今度は私がひたすら側にい続けられたことは幸せなことでした。
可愛い可愛いせとちゃん。
出来れば眠るようにいかせてあげたかった。
だけどきっとまだ一緒に生きていたいって思っててくれたんだよね。

23日に火葬をしていただきました。
せとちゃんを撫でることが出来なくなるのはとても辛いけど
苦しんだ姿のままのせとちゃんを見ることも辛かったので複雑でした。
ペットの移動火葬車というのがあります。ご用意していただいていた水晶の数珠を一緒に燃やしてくださいました。
せとちゃんはもともとちっちゃかったけど、もっとちっちゃくなっちゃったね。
(お世話になった火葬屋さん「愛ペットエンジェルリング」さん)

せとちゃんありがとね。本当にありがとう。
せとちゃんに出逢えて本当に良かった。
せとちゃんは沢山のことを教えてくれました。
沢山の愛情をくれました。
せとちゃんがいてくれたから今の私があると確実に思えます。

私が泣きながら抱っこをしている時に母が言いました。
「せとちゃんは幸せだね。なかなかこんなにしてもらえないよ。」
でも私は自然とわきあがってきた気持ちを言葉にしました。
「そうじゃなくて、私が幸せだったの」


せとちゃんが亡くなった後、せとちゃんの愛情が溢れてくるのを感じました。
頭痛と吐き気に襲われました。
愛しくて、自分の中にせとちゃんと過ごした記憶が沁み渡り、ああ、一部になるってこういうことなんだなと感じました。
これからはどこへ行ってもせとちゃんと一緒なんだなって思いました。

もちろん、過去に一緒に過ごしてきた鳥さんたちや、その他の経験すべてがそうなのですが。

それぞれの経験がそれぞれの人を育て作っていくんだなってしみじみ思います。


せとちゃん、見えないけれどまだいるよね。
49日間くらいは側にいてね…。


あぁ…だけど、やっぱり、
今日もせとちゃんに会いたいなぁ!

(C)2012-Miyako Hasumi


(C)2012-Miyako Hasumi
しらとあきこ
さんにお花をいただきました。本当にありがとうございました。せとちゃん良かったね。
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。